葬儀の歴史と現在の散骨の関係

葬儀は、人の死の悲しみを理解出来たか不明ですがホモ・サピエンスが数万年前から行なっていたとされ、日本国内でも有史以前の太古から行われていた形跡が確認されています。太古には、貝塚の様に人間の遺体を一箇所に打ち捨ていた共同墓地と権力者を葬った墳墓が発見され、その2極化は平安時代にも洛外の風葬地に打ち捨てられる庶民と墳墓に埋葬される権力者の構図は江戸時代に入っても変わらず、庶民が現在の様に火葬し埋葬されたのは戦後になったからです。実際に江戸時代初期には、土葬と火葬、水葬、野葬、林葬の五種が存在したとされているが、キリスト教が国内で布教される事により、終末思想の存在するキリスト教に傾倒した人々の間では自分の遺体に執着を持つ様になり、キリシタンの間で埋葬方法が大きく変化し始めます。しかし、キリシタン以外は死体は、魂の抜け殻として蘇りを防ぐ為に石を抱かせたり、荒縄で縛り付けるなど遺体を不要な物の様に扱っていた時代もありますが、現在も遺体や遺灰に大きな価値を見出さず海洋葬などの散骨を行う人が増えています。